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なぜ「ナイキ」は分解可能なスニーカーを作ったのか

By Jennifer Mason

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分解可能な「ナイキ」のISPA Linkスニーカー。画像:Nike提供

5月21日、パンデミック後の初開催となったニューヨークのブルックリン・ハーフ・マラソンで、30代の若い男性がゴール直後に倒れ、その後死亡が確認された。死因は心停止と見られている。ニューヨーク市検視当局によると、当日は想定を超える暑さと湿度を記録し、死亡した男性を含めて16人が病院に搬送されたという。

その週末、全米および西ヨーロッパでは記録的な暑さが襲い、例年より1カ月も早い夏日となった。欧州連合(EU)の気象情報機関、コペルニクス気候変動サービス(C3S)が今年の1月と4月に発表したレポート中では、地球上の気温は観測史上過去7年間が最も高くなっており、熱中症のリスクが高い猛暑日が増加しているとされている。

異常な地表気温の上昇は農業をはじめエネルギー需要や人体にも悪影響を及ぼす。特にアスリートは種目に関わらず、地球上に熱をこもらせ気温を上昇させる温室効果ガスによる気候変動のインパクトを実感するとレポートは予想している。

二酸化炭素の排出量と廃棄物ゼロを目指す「ナイキ」のMove to Zero

米国の「ナイキ」では、使用済みスニーカーの回収を行い、再生材としてリサイクルする取り組み「Nike Grind」を展開している。画像:Nike

2019年、「ナイキ(NIKE)」は米国の研究者達のグループ、クライメット・インパクト・ラボ(Climate Impact Lab)とのパートナーシップを締結し、気候変動がアスリートのパフォーマンスにもたらし得るインパクトの大きさを証明することとなった。2社の共同研究の結果、このまま極度の気温上昇が続けば、2050年までにアメフトなどの種目の年間トレーニング期間が2カ月短縮される可能性があることが分かったのだ。さらに同期間の間、冬季のスポーツについても質の高い競技が実行可能とされる日数が11%〜22%減少するとの予測が明らかになったのである。

「ナイキ」はこうした気候とスポーツの関係に焦点を当てるとともに、独自の二酸化炭素排出量や廃棄物量の削減への取り組みを図るため、「Move to Zero(ムーブ・トゥ・ゼロ)」キャンペーンの展開に踏み切った。キャンペーンでは「ナイキ」全社で使い捨てプラスチックの使用削減の推進や配送センターにおける再生可能エネルギーの導入、加えて、使用済みシューズや製造工程で出る廃棄物を回収し、陸上競技場のトラックやバスケットボールのコートなどの原料として再資源化する「Nike Grind(ナイキ・グラインド)」プログラムなどを実施。また、回収した靴の中の一部を修繕し、定価よりも安い価格で再販する取り組みも行っている。

不完全な未来思考のデザインプロセス

スニーカーのリサイクル工程では、手作業で再生不可能な部材を仕分けなければならない。画像提供:Nike

ファッションの地球への影響を最低限に抑えるためには、製品の行く末を考えたデザインプロセスが必要だ。しかし現在のリサイクルの仕組みは、衣料品や靴の再利用には適していない。なぜなら、こうしたファッション製品は、手作業による仕分けのほか、繊維別の分離、リサイクルできない装飾品の除去といった分解作業が求められるからだ。その上、製品のなかには混合材を使っていたり、分解する技術や薬剤が存在しない化学薬剤やプラスチックを配合していたりすることも少なくない。

米・環境保護庁(EPA)のデータでは、米国における廃棄衣料品や靴のうちリサイクルされているのはわずか13%程度で、それだけにファッション企業は廃棄物を再生材として生まれ変わらせる循環型のデザインプロセスを通じて、廃棄衣料品のリサイクル方法を確立すべきだと提言する。現在、「拡大生産者責任(Extended Producer Responsibility、使用済み製品の処理や処分について生産者が一定の責任を負うという考え方)」を導入し、繊維・衣料品製造企業に製品の回収と再利用を義務付けているのはフランスのみ。そのため米国・オレゴン州に本拠を置く「ナイキ」が自ら自主的に循環型のデザイン・スキームを構築するに至ったのである。

「ナイキ」では傷みの少ない中古靴を修繕し、再販するサービスを展開。さらにウェブサイトで消費者向けにスニーカーを長持ちさせるコツについても情報提供している。画像提供:Nike

もっとも、「ナイキ」自身も循環型デザインシステムを構築するにあたっての課題の紹介記事ですべての問題について答えを持っているわけではないことを認めている。そこで同社は、そうした問題に対して指示よりも質問を中心としたオープンソースのワークブックを作成し、自社のデザイナーが新たな商品開発を行う際に考慮すべき循環型デザインについての10の法則を定義した。このワークブックは『Circularity: Guiding the Future of Design(サーキュラリティー:デザインの未来へのガイド)』という題がつけられ、中では「商品の構成部材は添加剤や酸化型分解を使わずに安全に分解できますか?」「部材には製品に使用する以外の価値がありますか?」「衣料品に修繕材料や方法を添付する方法はありますか?」といった循環型デザインを考えるきっかけとなるような質問が掲載されている。

「従業員一人ひとりに賢い変化を起こすよう促している。アスリートや地球のために絶えず革新を続ける多様でインクルーシブな組織づくりを推進している」。「ナイキ」のチーフ・サステナビリティ・オフィサー、ノエル・キンダー(Noel Kinder)はそう語る。

そんな「ナイキ」のワークブックが提唱する循環型デザインの10法則の4番目に、製品のリサイクル工程をより容易にする「disassembly(分解性)」がある。ワークブックでは、「靴は靴であるとした考え方に慣れてしまっているが、実は靴は宝の山である」としており、これを体現するのが「ナイキ」がまもなく販売開始予定スニーカーなのである。

新登場の「ナイキISPA Link」

6月に発売予定の「ナイキISPA Link」。画像提供:Nike

この度発売となった「ナイキISPA Link」。ISPAとはImprovise(即興)、Scavenge(資源・廃棄物の有効活用)、Protect(守る)、 Adapt(対応する)の4つの言葉の頭文字を取ったもの。ISPAの開発チームは、機能性を妥協することなく、分解やリサイクルを困難にさせる接着剤を使用しないシューズの制作に成功した。現在、靴のリサイクルは本体を細かく裁断して行うのが主流だが、そうした手法はエネルギー消費量が多いだけでなく、リサイクルして生み出される再生材の用途が限定されてしまうという。(「ナイキ」)

「ナイキISPA Link」のデザインは、3つの部材が接着剤を使わずに繋ぎ合わさっているのが特徴である。さらにミッドソールはペグ状の突起物でできており、アッパーの開口部に差し込んで組み立てる仕様になっている。従来の接着剤による糊付け作業は時間がかかる工程であるため、接着剤不使用にしたことで一足あたりの組み立て時間が8分に短縮された。また、冷却、加熱、ベルトコンベアのシステムなどのエネルギーを消耗する工程も不要なため、シューズの製造やリサイクルの過程で排出される炭素排出量を抑えることができる。さらに分解方法を簡素化することで、消費者自らが履き古したシューズを分解した状態で「ナイキ」店舗に持ち込んでもらい、シューズのリサイクルにかかる手間を軽減することも見込める。

ペグ上の突起物でできた「ナイキISPA Link」のミッドソール。接着剤なしで他の部材と繋ぎ合わせて組み立てる構造となっている。画像提供:Nike

「ナイキISPA Link」の履き心地と安定感は、40人のアスリートによる200 時間におよぶ試作品の使用テストで実証済みだ。(「ナイキ」)「(ISPA Linkの)アイデアや美学が普通になってくれば、未来のシューズの進化を実現するための我々の能力強化につながるだろう」と「ナイキ」のダリル・マシューズ(Darryl Matthews)カタリスト・フットウェア・プロダクト・デザイン担当バイスプレジデントはコメントしている。

「ナイキISPA Link」は6月より「ナイキ」店舗およびECで発売予定。価格は未発表だが、従来モデルの「ISPA Flow」(2020年発売)の米国での小売価格は180米ドルだという。さらに2023年初頭には、「ISPA Link」でも採用されている生地を裁断・縫製する従来の製法を見直した新製品「ISPA Link Axis」の発売も計画されている。「ISPA Link Axis」では、100%再生ポリエステル製のアッパー、Flyknit(フライニット)を使用しており、Flyknitがアウトソールにぴったりとフィットするように精密にデザインされているため、靴のリサイクルのもう一つの課題である縫い目をなくすことができる。

「ナイキ」のジョン・ホーク(John Hoke)チーフ・デザイン・オフィサーは「“完璧さ”ではなく“進化”を重視し、より良い選択を追求していけば、我々のものづくりを捉え直す機会となり大きな変化の波をもたらすことが期待できる」と述べた。新たなサステナブル・イノベーションを生み出す究極の秘策。それは、アスリートのような忍耐強さとこだわりを持ち続け、一歩一歩改善を続けることなのである。

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