尾州ウールが世界に選ばれる理由:地域連携で進化する日本の毛織物産地
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愛知県で生産される尾州ウールの生産体制は、地元企業間の連携によって成り立っている。この協業体制により、ウール生産は迅速かつ柔軟に行われ、ブランドの要望を円滑に反映することが可能となっている。
日本毛整理協会によれば、2025年時点で毛織物の国内生産量は過去10年で半減しているという。国内市場の縮小と国際競争の激化により、日本の毛織物産業は構造的な転換期にある。こうした状況下で、愛知県に位置する尾州地域は、国内最大のウール生産地域の一つとして位置づけられている。
“尾州ウール”は、糸の選別から加工までを地元の企業同士が連結し、地域内で生産を完結させ作られている。これにより、短期で素材を生産できるだけでなく、素材の表現の幅を広げ、実用性の高いサステイナブルウールを生みだしている。言い換えれば、尾州は素材を“設計・編集できる”産地なのだ。
尾州がウール生産地になるまで
愛知県一宮市を中心とする尾州地域の繊維産業は、江戸時代における綿や絹の生産に端を発する。明治時代以降、毛織物の輸入縮小を背景に、地域内での毛織物生産が本格化した。1954年には毛工連(日本毛織物等工業組合連合会)が設立され、企業群を束ねる制度的基盤が整備されたことで、尾州は産地としての体制を強化していった。さらに2016年には品質基準を満たす製品に付与する「尾州マーク」認証制度が始まり、地域全体で品質とブランド価値を可視化する体制を確立している。
“尾州ネット”体制が生み出す質感の幅
尾州のウール生産の特徴は、紡績・撚糸・染色・製織・整理加工といった複数工程を、地域内の専門企業が分業・協業している点にある。2003年から続く産地システム「尾州ネット」によって、糸が素材として完成するまでの情報を企業同士で、生産過程の進捗の可視化・共有を行っている。
この地域内完結型生産の強みは、原料から仕上げまでを一貫して管理できる点にある。糸の撚りや密度、整理加工を組み合わせることで、狙い通りの触感や表面感を設計することが可能だ。尾州ではまず、原毛の段階で繊維の太さや長さ、夾雑物の有無を確認し、用途に応じたブレンドを行う。次に紡績工程では、撚りの強弱や糸構造、番手設計によって、生地のハリや落ち感、膨らみを調整する。製織工程では、経緯の密度や組織設計、織機の選択を通じて、表面感やしなやかさをコントロールする。さらに整理加工では、縮絨や起毛、蒸絨などの工程を経て、最終的な触感や光沢を作り込む。これらの工程が地域内に集積しているため、原料選定の段階から加工の各プロセスに至るまで、完成素材のしなやかさやハリの強さを総合的に調整できる体制が整っている。
海外進出とコラボレーション
地域完結型の生産システムは、ブランド側の多様な要望を短納期で対応することができる。よって、尾州ウールは海外の高級ブランドにも採用されている。その代表的な老舗メーカーが「三星毛糸」だ。三星毛糸は、国内市場の縮小の影響をきっかけに、2010年から海外進出を始めた。パリの見本市への出店や、エルメネジルド・ゼニアの「メイド・イン・ジャパン・プロジェクト」の選出をはじめ、LVMHなどの海外ラグジュアリーブランドとの直接取引を進めている。
また、2025年7月には中国の中高級ブランドを招聘したテキスタイル商談会が一宮で開催され、短納期・多品種対応力を武器にした海外展開が進んでいる。
近年では、ウールリッチの「Breeze of the Fields」コレクションやマーガレット・ハウエルのアイテムに尾州産の羊毛が使われた。
サステイナブル素材 “毛七”
さらに、分業・協業を軸とした生産構造により、高強度で自然な色合いのサステイナブルウール「毛七」の生産体制を確立している。毛七とは、再生ウールを70%利用した尾州発の素材設計を指す。毛七の特徴は、色選別と混率設計によって品質を安定させる点にある。反毛(繊維に戻す工程)に入る前に、回収原料を色や素材ごとに細かく分ける。近い色同士を組み合わせることで、あらためて染色をしなくても杢調の自然な色合いをつくり出すことができる。
一方で、リサイクルウールは反毛工程を経ることで繊維が短くなりやすく、そのままでは強度が落ちやすいという弱点がある。そこで尾州では、バージンウールや合成繊維を適切な比率で混ぜることで物性を補い、必要な強度を確保する。同時に、風合いが硬くなりすぎないよう調整し、触感と耐久性のバランスを取る。こうした工程横断の設計力によって、毛七を実用性の高い品質に変換することができる。